潜在能力とはなんぞや ?
「潜在能力」・・・
潜在意識、無意識下の自我が発揮する力とでも言いますか・・・
普段からは想像もできない力を、何かがきっかけになって
開放することになる可能性が誰にでもあると思いますが、
その「いつか開眼する、超能力めいた能力 ? 」的な響きが
何となくスピリチュアルな、未知の世界を感じさせて
友人と夜な夜な議論したりもしましたね〜、学生のころのハナシですが(笑)。
いつか自分も知らないようなすばらしい能力が開花するかもしれない。
・・・から始まり、潜在意識下で自覚無く感じていることが、
普段意識しなくても理解できていることだったりするのかもしれない・・・とか、
それは世界全人類が共通に持っている意識だったりするんじゃないかな ? ・・・とか、
すべての人の意識は潜在的な世界で繋がっていて、1つになってる・・・とか。
実際には確認のしようがないことって、なんかロマンがあって(笑)
話しててもわくわくしたもんです。
ですが、今回は、もっと現実的で身近な視点、「ポテンシャル」の話(笑)。
ポテンシャルは、スポーツの世界ではたびたび上がる言葉で、
意味は「潜在能力」・・・まんまなんですけどね(笑)。
実際にはまだ現れていないけど、その人が持っている能力、センスとも言うのかな ?
将来、大きく飛躍するかもしれない可能性も、
ポテンシャルの意味には含まれるんじゃないかと思います。
使われる場面によっては若干の違いがある言葉で、本来の「潜在能力」の意味の他
「ポテンシャルが高い。」と一般世間で使われる時は「意欲」の意味で使われたり、
メンタル面の強さを表す表現だったりもするようです。
このポテンシャルに対する評価、これが人によってさまざまで
同じ人に対する見解であっても、見る人によって180度違うことがあります。
スポーツ選手にとって、このポテンシャルの部分を高く評価してくれる人に
指導してもらえることはその後の成長にも大きく影響するのではないかと思うのです。
全く潜在的な能力を認めてくれない指導者の下にいても、
おそらくですが・・・適切な指導はしてもらえず、
放置されることになるのではないでしょうか。
実際「潜在能力」は可能性の一つに過ぎず、
能力は発揮されずに終わるかもしれません。
それでもどんな考え方を持って、どんな可能性を感じてくれる人に
指導を受けるかは、特に発展途上まっただなかの子どもには
重要なことじゃないかと思います。
先日「天才」と呼ばれた選手が、所属したチームに
自身のプレースタイルを認めてもらえず
サッカーの世界から消えていった、というテレビ放送がありましたが
もし所属チームの指導者が彼の中に潜在能力を見いだしていたら
どうなっていただろう・・・と、考えずにはいられませんでした。
サカハルくんの潜在能力はどうなんでしょう ?
「こいつ、おもしろいからぜひ育ててみたい。」って言ってくれる人に
中学生になったら預けたいと、ずっと前から思っていました。
名門チームの純白アルパカの群れに紛れ込んだ
黒と茶のまだら模様のグレムリン(←ハル 笑)は、
窮屈な群れから抜け出して、ヤツの可能性を
信じてくれる人のところへ行った方が、きっと幸せですね。