今更だけど自分の浅はかさを知ったハナシ
能登半島沖で地震が起こってから2週間が過ぎました。
はじめば現地の状況も分からずだったのが
テレビの映像や知人の話などから、
だんだん現在の様子などがわかって来ました。
今回、地震発生当日からずっと気になっていたのが
石川県の学校に進学して寮生活をしているハルの友だちのことです。
中学のサッカーチームでの友だちと、小学生の時所属していたチームの友だちも。
年末年始で帰省していたと思われるので、
直接被災はしていないとわかってはいましたが、
どんな状況なのか気になっていても、うかつに連絡していいものか考えました。
そうこうしているうちに少しずつ情報が入ってきて、現在の様子や
今後の見通しなどもわかって来たのですが・・・
ここで、ふと考えてしまった・・・
今までの大地震、神戸淡路大震災とか東日本大震災とか・・・
その当時中学生や高校生だった子たちは、どうしていたんだろう。
コロナの時にも感じたことだけど、小学校6年間、中学・高校3年間、大学4年間
普通に過ごしてもあっという間だと思うのに、その貴重な時間を
天災というどうしようもない事態に奪われるという憤り。
何もできずに、ただ過ぎていく時間を感じるだけの虚しさ。
ハルと同じ歳の友だちは、能登の学校に戻る見通しも全く立たず、
残された1年の高校生活がどんなものになるのか想像もできない状態にあります。
もしかしたらもう、学校には戻れず卒業を迎えてしまうかもしれない・・・
大好きだったサッカーを、もう2度と「楽しい」とは思えないかもしれない。
自分の息子と同じ歳の子たちがとんでもない窮地に陥っている事実を、
身震いするほどの実感を持って感じてしまったことで、
逆に、今までは全く関心も持てていなかったことに
我ながら驚くほどのショックを受けました。
当時被災した子どもたちはどんなつらい目に遭っていたんだろう・・・。
大変なことが起こっていていることはわかっていても、
やっぱりどこか他人事だったのではないか。
どれほど自分が偏った見え方しかできていなかったか、
それで全てわかったような気になっていたのが恥ずかしい・・・。
もちろん、だからと言って当事者ではない自分が理解できることも、
実際、物理的にできることも限られると思うのだけど。
せめて・・・気がついてしまった今、逃げないで考えたいと思う。
自分にできることは本当に何もない ?
困っている人がいたら、躊躇せずに手を差し伸べることができる ??
そして、
地震がどこで起こっても不思議ではない国に住んでいるからには、
いざ当事者になるようなことがあったらどうすればいいのか
まじめに考えておくべきかな・・・
いずれ時が過ぎて行けば、記憶は薄まっていってしまうと思います。
人間の「忘れる」という機能は、それはそれで大切な
心を守るシステムだと思うので。
だけど、今は思う存分考えることにしようと思っています。
もしも答えが出なくても、考えることはとても大事。
1日でも早く全ての人が穏やかな日常を取り戻すことができますように。

