姿のないものに対する価値観
ものの無い時代を体験した世代ほどじゃないけど、
私たちの世代も「もの」に対して執着のある世代だと思います。
「バブル」といわれた時代を経験した世代というか・・・当時は
高価なブランドものを「持っている」ことがカッコイイという時代でした。
(私は学生だったからバイト代で手に入れられる範囲でしかなかったけど 笑)
すっきりしたシンプルな生活がしたいと思って、
身の回りの雑多なものたちを見直そうと思ったのは、
もう10年ほども前だったと思います。
さすがにそのくらいの長期間「シンプルlife」を思い続けていると
ムカシのように「カッコイイから持っていたい」という気持ちは
今では、ほぼなくなりました(笑)。
最近は何か購入しようと思うときは、
「購入したらどんな使い方するか ? 」とか、「使用頻度は ? 」とか
「費用対効果はどのくらい ? 」とか・・・
さんざん考えてから購入します(笑)。
そんでもそれは、「ブツ」のあるものに対してだってことに
先日気が付いたのね。
最近、「ブツ」=姿のないものの販売って多いですよね ?
例えば、「〇〇が聞けるチケット」とか、そーゆーやつね。
一番身近なところで言ったらiCloudの容量かな〜 ?
あとは、電子図書とか、PCで見る系の情報とかコンテンツとか、
サブスクとかもかな ?
私の場合、どうしても姿のないものに対しては「高い」気がしてしまうのね。
iCloudの容量が足りなくて月額料金を払って増やさなくちゃならなくなったとき、
130円がとてつもなく高く感じたのを覚えています。
130円よ ??? 缶のコーヒー1本分やん ??? (笑)
缶のコーヒーのような、姿のあるものに対しては、
何も考えずぽいっとお金を出すのに、Cloudを増やすための月130円は
出せないって・・・ものすごい偏ってるよね(笑)。
その時は、「ひと月にコーヒー1本飲むだけじゃん。」って思ったら
大したことじゃないって思うことができたんだけど、そうやって
いちいち自分の古い価値観に変換しないと、当時は納得ができなかった。
最近はだいぶ慣れたけどね(笑)。
これから多分、今よりもっと「情報」的なものに
お金を使うような世の中になって行くんだろうな〜と思います。
ムカシのようにブランドものが欲しいとか、高価な〇〇が欲しいとか
今ではぜんっぜん思わなくなったけど、
それは私のマインドが進化したのか、それとも退化したのか(笑)
自分では判断がつかなかったりします・・・情けないよね。
いろいろ片付けたい、でも片付けはめんどう(爆)。
心もすっきりシンプルになりたい ! (笑)
